パティ・スミス 「People Have The Power」
1997年1月8日
中野サンプラザ ホール
パティ・スミス(Patti Smith)初来日公演初日。
パティはじめバンド・メンバーがステージに登場する。
(その後の恵比寿ガーデンホールでは、オープニングのS.E.に、
『ガメラ対ヘドラ』のテーマ曲「かえせ!太陽を」が使われていたが、
初日は、特に演出も無い中、静かな登場だった印象が有る…)
一瞬、歓声が上がった客席も、
パティがマイクの前に立った瞬間から、
水を打ったような沈黙と緊張感に包まれていた。
淡々と始まったポエトリー・リーディングは、
「People Have The Power」
徐々に感情を盛り上げ、
「Gone Again」の演奏に繋がっていく!!
初めての地、日本。
おそらくは、
70年代のパティ・スミス・グループでのパティに対しての、
過度の思い入れを持つ者が、大半かと思われる観客を前にして。
妻として、母としての平穏な日常から生まれた
ひたすらポジティブなメッセージから、
沢山の悲しみを乗り越えての復帰を象徴する曲へのメドレーは、
パティ自身にとっても、観客にとっても、
神聖な再生の儀式のようにさえ聴き取れた。
実際観客も、特に公演の前半は、
パティの一挙一動をに意識を集中しているかのように、
演奏中は張りつめた緊張感の中で静まりかえり、
曲が終わる毎に、波のような拍手が起こっていた。
終盤近くに、改めて楽曲として演奏された
「People Have The Power」
わたしは… 突然、涙があふれ出し、
止まらなくなってしまった。
思い返すと、音楽を聴いて涙を流したのは、
この時が生まれて初めてだった。
70年代後半、わたし自身は10代の後半。
遅ればせながら出会う事が出来た、
パティの75年の1stアルバム『Horses』
それは、“パンク” などと言う表層的な物では無く、
パティがその言葉と音楽で示すように、
自ら選び取り、自ら価値観を再構築し、自らの衝動を再認識する、
“オルタナティブな体験” だった。
(この作品を含む、70年代の4作品については別項にて改めて…)
79年9月10日のフィレンツェでのラスト・ライブで
パティ・スミス・グループは解散。
パティ自身は、
元デトロイトの伝説のバンド “MC5” のギタリスト、
フレッド・ソニック・スミス(Fred “Sonic” Smith)の妻として
キッパリと音楽の世界からリタイアしてしまう。
ギリギリでパティ・スミスの活動期とリンクする事が出来たが、
日本に住む私たちにとっては、
実際にライブを見ることはもちろんかなわず、
残された4枚のアルバムと、
ほんの僅かなブートレックLPだけが、パティとの繋がりだった。
その後、
わたし自身も、学生と言うモラトリアムを終え、
社会に出てから数年後の、1988年。
突然届いたパティの新作アルバム
『Dream Of Life』
それはまるで、
疎遠になっていた昔の友人からの手紙のようだった。
かつてのロック・スターの座を退き、
夫と二人の子供の為の、普通の女性としての生活。
その中でも止まることの無かった、
“詩人” パティ・スミスとしての活動。
夫であるフレッド・ソニック・スミス(Fred “Sonic” Smith)
のプロデュースで、
一人の女性として、詩人として、
現在進行形のパティの存在証明の様なこの小作品。
70年代から、
パティ・スミス・グループを通してのパートナー、
レニー・ケイ(Lenny Kaye)が参加していない事で、
音的には、ガレージ・パンク的な要素が希薄になり、
何よりも、家族の生活の中からの視点で書かれた言葉は、
ひたすらポジティブなものになっていた。
発売当時のこの作品の評価は、本国アメリカ、そして日本でも、
あまり芳しいものでは無かった。
70年代の、パンクのミューズとしてのパティの
パブリックイメージを求めるリスナーにとっては、
この作品の、平穏で、優しく、前向きな内容は、
まろやかになった曲調とともに、
大きく期待を裏切るものだった事は確かだった。
この作品の発表後には、フレッドと共に、
いくつかのチャリティーイベントでのステージに立った以外、
バンドとしてのツアーも行われなかった事も、
さらに、70年代からのリスナーを失望させた…
しかし当時のわたしは、この異質な作品を、
不思議なほど素直に受け止める事が出来た。
かつてのパンクのミューズとしてでは無く、
市井の生活者というスタンスで、
自然体の作品を届けてくれた事が、
とにかく嬉しかった。
そしてこの作品の発表後、
再び、パティはデトロイトでの家族の生活に戻った。
パティ自身が、当初、否定し、挑みかかり、乗り越えようとし、
76年のフロリダでの、ステージからの転落事故によって
啓示を受けたかの様に、
自らを “カインの子孫として原罪を背負う” 事で、
関わり方をリセットした
“神” という存在。
エデンを追放されたアダムとイヴの息子であり、
弟のアベルに対して、人類初の “殺人” という罪を犯したカイン。
カインはヘブライ語で「鍛冶屋、鋳造者 = Smith」を意味し
パティ自身も、
「カインは何百万年も前のおじいちゃん」等と言っている。
そして、“神” は、この稀有な表現者を、
平穏な生活の中に埋もれさせることを許さ無かった。
1989年3月5日。
『Dream Of Life』のジャケットに使用された、
穏やかな表情のパティのポートレートを撮影し、
パティとは、60年代末に出会って以来、
男女の仲を超えての、
アートというフィールドでの戦友ともいえる、
写真家のロバート・メイプルソープ(Robert Mapplethorpe)が、
長年患ったエイズとの闘病の末に亡くなった。
翌年、1990年6月3日。
パティ・スミス・グループの最初期からのメンバーで、
『Dream Of Life』にも参加した、
ピアニストのリチャード・ソール(Richard Sohl)が、
心臓発作で亡くなる。
そして、1994年6月3日。
最愛の夫、フレッド・ソニック・スミスが、
突然の心臓発作ため、この世を去ってしまう。
たたみかけるように、
同年、1994年の12月には、
喪失感の中にあったパティに、
亡き夫フレッドとの生活の中で生まれた作品を携えての、
音楽というフィールドへの復帰を勧めていた、
弟のトッド・スミスさえも、脳出血で亡くなってしまう。
穏やかな生活を象徴するかのような作品の発表後、
僅か6年間の間に、
これだけ多くの死別の悲しみを体験することになってしまった。
パティに対して “神” は、まるで
更なるリセット= 表現者としてのステージへの復帰を
求めているかのように…
その啓示に応える様に、
大切な人たちへの喪失感を克服する為に、
また、失われた彼らに対して最大限の敬意を示す為に。
パティは、表現者としての復帰へ向けて動き始める。
1995年に入り、
旧友レニー・ケイ(Lenny Kaye)、
ジェイ・ディ・ドゥーティ(Jay Dee Daugherty)等と、
生前のフレッドとの共作
「Gone Again」
「Summer Cannibals」の2曲を、
作品として仕上げていく。
少しずつ、ステージへ復帰するパティを後押ししたのは、
彼女の昔からのアイドル、ボブ・ディランだった。
95年の歳の暮れ、ディランは、
12月7日から、17日までの
“パラダイス・ロスト・ツアー” に、
パティを同行させ、ステージでの共演まで行った。
そして、1996年。
失われた人々への追悼と、
残された者たちの、
“生” に再度向き合った
アルバム
『Gone Again』
が発表された。
穏やかに前を見つめる前作のポートレートとは、打って変わって、
伏し目がちで暗闇の中から、たくさんの悲しみを克服して、
力強く立ち上がってくるようなジャケットは、
このアルバムの内容を象徴している。
レニー・ケイ(Lenny Kaye) : ギター
ジェイ・ディ・ドゥーティ(Jay Dee Daugherty) : ドラム
という元パティ・スミス・グループの2人に、
オリバー・レイ(Oliver Ray) : ギター
トニー・シャナハン(Tony Shanahan) : ドラム
が加わった、
後の、パーマネントなバンドとしてのメンバーが、
このアルバムで初めて揃う事になった。
アルバム全体を通して、
バンド形態でのロック・ナンバー、
パティ自身のギターによるアコースティックな曲、
どちらにも “死” というテーマが、
共通して見え隠れする。
しかし、“死” による悲しみに沈むのではなく、
残された者として、改めて“生”に向き合う
強い意志を含んでいる。
当時50歳を超えたばかりの、
パティ・スミスという女性は、
こんなにも強くなっていた。
そして、翌1997年。
パティ・スミス・グループの活動期から、
20年近くの時を経て、
初めての日本公演が実現することになる。
けして平穏とはいえない、
その20年間の体験を背負って、
強く前向きに復帰したパティ・スミス。
このタイミングで、
彼女のライブを体験できた日本のファンは、
誇りに思って良いのではないだろうか。
もちろん、わたしを含めて、
1997年の、あの中野サンプラザ・ホールを
体験した日本のファン達が、
それほど深いパティのバックグラウンドを、
すべて理解していたとは思えない。
実際わたし自身も、
『Dream Of Life』の発表以降のパティが、
メープルソープの死を看取った事や、
夫フレッドを含めて、
短期間に何人もの大切な人たちと死別していた事を、
予備知識として知っていた程度だった。
しかし、パティは、そんな日本の観衆達に、
オープニングのたった1曲で、
彼女が背負った物の深さと同時に、前向きに復活する意思を、
実にパワフルに、そして軽々と示して見せた !!
そして、その流れの中で
改めて演奏された「People Have The Power」は、
かつての単なるポジティプなメッセージ・ソングから、
その場にいた者たちの、それぞれが置かれた状況から
前に踏み出していく為の “希望の歌” に、
変貌していたのかもしれない。
あの日、あの曲で、涙を流していたのは、
わたしだけでは無かったはずだ !!
1997年 1st Japan Tower
Lenny Kaye : Guitar
Oliver Ray : Guitar
Tony Shanahan : Bass
Jay Dee Daugherty : Drums
1997年1月8日
中野サンプラザ ホール
- People Have The Power(Poetry Reading)
~ Gone Again - Dancing Barefoot
- Redondo Beach
- Wicked Messenger
- Wing
- Ghost Dance
- Beneath The Southern Cross
- About A Boy
- Kimberly
- Summer Cannibals
- People Have The Power
- Wild Leaves
- Not Fade Away
(ENCORE) - Because The Night
- Rock N Roll Nigger
- (Noise of Patti’s Guitar)
1997年1月9日
中野サンプラザ ホール
- People Have The Power
- Wicked Messenger
- Dancing Barefoot
- Kimberly
- Love Of The Common People
- Walking Blind
- Ghost Dance
- Beneath The Southern Cross
- Dead City
- Summer Cannibals
- About A Boy
- Free Money
- Wild Leaves
- Because The Night
- Gone Again
- Not Fade Away
(ENCORE) - Land ~ Gloria
1997年1月9日
恵比寿 ガーデンホール
- People Have The Power
- Wicked Messenger
- Kimberly
- Dancing Barefoot
- Redondo Beach
- Ghost Dance
- Beneath The Southern Cross
- Walking Blind
- Love Of The Common People
- Ain’t It Strange
- Summer Cannibals
- Dead City
- About A Boy
- Because The Night
- Wild Leaves
- Gone Again
- Not Fade Away
(ENCORE) - Gloria ~ Rock N Roll Nigger
1997年1月12日
恵比寿 ガーデンホール
- People Have The Power
- Kimberly
- Dancing Barefoot
- Redondo Beach
- Wicked Messenger
- Ghost Dance
- Beneath The Southern Cross
- Wing
- Summer Cannibals
- Love Of The Common People
- Walking Blind
- About A Boy
- Dead City
- Because The Night
- Poetry Reading ~ Gone Again
- Not Fade Away
(ENCORE) - Land ~ Gloria
1997年1月14日
大阪 厚生年金会館
- People Have The Power
- Kimberly
- Redondo Beach
- Dancing Barefoot
- Dead City
- Radio Ethiopia
- Ghost Dance
- Beneath The Southern Cross
- Walking Blind
- Summer Cannibals
- Free Money
- Love Of The Common People
- Wicked Messenger
- About A Boy
- Wing
- Gone Again
- Not Fade Away
(ENCORE) - Because The Night
- Rock N Roll Nigger
1997年1月16日
恵比寿 ガーデンホール (追加公演)
- People Have The Power(Poetry Reading)
~ Gone Again - Wicked Messenger
- Redondo Beach
- Kimberly
- Dead City
- Radio Ethiopia
- Dancing Barefoot
- Ghost Dance
- Beneath The Southern Cross
- Walking Blind
- Love Of The Common People
- Summer Cannibals
- About A Boy
- Because The Night
- Wing
- People Have The Power
- Not Fade Away
(ENCORE) - Rock N Roll Nigger
Patti Smith 『Dream Of Life』(1988)
A-1 People Have The Power
A-2 Going Under
A-3 Up There Down There
A-4 Paths That Cross
B-1 Dream Of Life
B-2 Where Duty Calls
B-3 Looking For You (I Was)
B-4 The Jackson Song
Fred Sonic Smith : Guitar
Gary Rasmussen : Bass (A-1. A-3. B-2)
Kasim Sultan : Bass (A-4. B-1. B-3)
Richard Sohl : Keyboards
Jay Dee Daugherty : Drums
Hearn Gadbois : Percussion (A-2. A-3. B-2)
Sammy Figueroa : Percussion (A-1. A-4. B-1)
Bob Glaub : Bass (A-2)
Malcolm West : Bass (B-4)
Crusher Bennett : Percussion (B-3)
Jesse Levy : Cello (B-4)
Margaret Ross : Harp (B-4)
Robin Nash : Backing Vocals (A-2)
Andi Ostrowe : Backing Vocals (A-4)
Photography By : Robert Mapplethorpe
Producer : Fred Smith, Jimmy Iovine
Patti Smith 『Gone Again』 (1996)
01 Gone Again
02 Beneath The Southern Cross
03 About A Boy
04 My Madrigal
05 Summer Cannibals
06 Dead To The World
07 Wing
08 Ravens
09 Wicked Messenger
10 Fireflies
11 Farewell Reel
Patti Smith : Vocals. Acoustic Guitar
Lenny Kaye : Acoustic Guitar. Electric Guitar
Tony Shanahan : Bass
Jay Dee Daugherty : Drums
Luis Resto : Keyboards
Oliver Ray : Electric Guitar(01). Acoustic Guitar(10). Whistle(06)
Tom Verlaine : Electric Guitar(02.05.07.10)
John Cale : Organ(02)
Malcolm Burn : Guitar(06). Dulcimer(06)
Whit Smith : Guitar(06)
Kimberly Smith : Mandolin(08)
Eileen Ivers : Fiddle(01)
Jeff Buckley : Voice(02)
Jane Scarpantoni : Cello(04)
César Diaz : Electric Guitar(09)
Hearn Gadbois : Percussion(10)
Producer : Lenny Kaye, Malcolm Burn
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