つげ忠男 作品一覧 ① 1968年 ~ 1978年
1973年、当時中学生だったわたしは、地元神戸のJR元町駅近くの高架下にあった今でいう “サブカル系(?)” の小さな書店で、初めて月間漫画『ガロ』を購入することになった……
実は小学生の頃から、美術系に精通した叔母の影響で、虫プロ商事が刊行していた漫画月刊誌『COM(コム)』を断続的に購読していたという、ナマイキでマセた子供だったわたしだが… 『COM』に先行して(1964年から)青林堂から刊行されていた『ガロ』に関しては、自宅の近所の書店でたまに立ち読みをする事はあったものの、(いつも『COM』と『ガロ』は店頭に隣同士に並んで置かれていた)なかなか購入するには至っていなかった… その理由はやはり…当時毎回巻頭を飾っていた白土三平の「カムイ伝」においての、斬られた首や手足が飛び交うリアルな残酷描写が、小学生だったわたしには、あまりにも刺激が強すぎたせいだと思われる。
中学に上がり、少しはアンダーグラウンドなカルチャーにも触れ始めた頃、遅ればせながら入手した『ガロ』1973年5月号。
表紙と巻頭を飾っていたのは、つげ忠男の作品「リュウの帰る日」!!!! (実は毒々しい彩色が施された表紙絵は、忠男作品を素材とした林静一のポップアート作品)
中学生にとっては、にわかに感情移入など出来かねる作品ではあったが、その “ささくれた” 世界観は、トラウマとも言える程の強烈なインパクトを残す事になった。 正直なことを言うと… 当時は “つげ忠男” という作者名が、実兄 “つげ義春” と、すぐには結び付かなかった。 ジャックスの早川義夫が、“つげ春乱”という変名を使っていた事もあり、そう言ったたぐいのペンネームだと思い込んでいたのである…
それほどに、この頃の作品の印象は、兄 “つげ義春” とは異質のものだった。
73年といえば、兄・つげ義春は、既に『ガロ』への掲載が途切れていた頃。 60年代後期のつげ義春や白土三平全盛期の『ガロ』を、リアルタイムで体験できなかったわたし達の世代にとって、『ガロ』といえば、
安部慎一、鈴木翁二、古川益三の一二三トリオ
そして、弟 “つげ忠男” なのである!
そして今回、改めて “つげ忠男” 作品を追体験しようと思い立ったは良いのだが… 兄 “つげ義春” に関しては、様々な資料が出そろっているのに比べ、弟 “つげ忠男” に関する資料が、あまりにも少ないことに驚いてしまった。
そこで… 唯一、1988年と1994年時点での高野慎三氏による作品及び単行本の資料のみを頼りに、可能な限りでの “つげ忠男” 作品一覧を作成してみる事にした。
作品それぞれについての評論は、既に多くの方々によって述べ尽くされているかと思われる為、どちらかといえばコレクター的な視点から最小限のコメントにとどめる様にした。
(ちなみに、1968年以前の貸本時代の作品については今回は特に言及を避ける事にする。)
1968年作品
1968-① 「むし」
白い液体 1968年5月 【再録単行本】E. U. Y. K6.
1968-② 「丘の上でヴィンセント・ファン・ゴッホは」
ガロ 1968年12月号 【再録単行本】A. B. U. g.
(【再録単行本】の詳細は、別項『つげ忠男 単行本一覧』を参照)
貸本出版社 “東考社” から刊行された池上遼一をメインに据えた単行本、新鋭シリーズ②『白い液体』に掲載された8年ぶりの復帰作。 怪奇物の体裁をとっているが、貸本漫画の範疇に含んで良いかと思われる作品。
同時期、高野慎三氏が編集に参加していた『ガロ』からの依頼により発表された、実質的に “劇画家” つげ忠男の復帰デビュー作と言って良いかと思われる作品。 元々は小説として書き上げていたものを劇画化したと言われている。
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの生涯と並行して描かれるのは、60年代後期の反体制運動家と身近に接しながらも、それとは微妙に距離を置いた主人公の青年のリアルな日常…
後のつげ忠男作品の象徴的な背景、“雨” の匂いが、既に作品全体に漂っている。
1969年作品
1969-① 「懐かしのメロディ」
ガロ 1969年1月号 【再録単行本】A. F. O. g. K1.
1969-② 「青岸良吉の敗走」
ガロ 1969年3月号 【再録単行本】P. K1.
1969-③ 「昭和ご詠歌」
ガロ 1969年4月号 【再録単行本】A. F. G. P. K6.
1969-④ 「捜索」
ガロ 1969年5月号 【再録単行本】N. K6.
1969-⑤ 「きなこ屋のばあさん」
ガロ 1969年6月号 【再録単行本】A. G. K6.
1969-⑥ 「雨期(一)」
ガロ 1969年8月号 【再録単行本】P. K7.
1969-⑦ 「河童の居る川」
ガロ 1969年9月号 【再録単行本】A. O. S. K6.
1969-⑧ 「雨期(二)」
ガロ 1969年10月号 【再録単行本】P. K7.
1969-⑨ 「雨期(完)」
ガロ 1969年12月号 【再録単行本】D. H. P. K7.
(【再録単行本】の詳細は、別項『つげ忠男 単行本一覧』を参照)
この年は、『ガロ』紙上にほぼ毎月(2月、7月、11月を除き)精力的に作品を発表し続ける。
実在の無頼漢 “京成サブ” のイメージを自身の中で独自に膨らませる事で、その後の忠男氏の作品中で独自のアウトロー・キャラを確立した無頼漢 “サブ”。 その原型となった作品だが、また画風は確立されておらず、辰巳ヨシヒロ風にも見受けられる。 “サブ” の風貌も、後のものとは異なる。
過去を語る初老の戦中派男性と、冷ややかに受け止める戦後世代の青年… 忠男氏の作品の典型的なプロットが既に出来上がっている。
後に(2015年)、忠男氏自身によってリメイクされる。
戦中派の初老の男性を主人公に据えた第一作目。
「もはや戦後ではない」という時代の中で、流れに身を任す、“これと言った失敗も無く、又、目立った働きも無い” 万年係長… 戦中を生き残ったというよりは、単に “死ななかっただけ” という世代… 平穏に見受けられる日常をおくりながらも、心中には、言い知れぬ空虚感と自己破壊願望…
このテーマは、この後幾度となくリピートされる。
自らの自伝的な(?)、戦後間もなくの時期を描いた作品。 ここでも “京成サブ” が登場している。
忠男氏自身の原風景、葛飾区立石を舞台としている。
兄・つげ義春にも通じるシュールな作風。 つげ義春の九州への突然の蒸発行動も、この作品を生んだキッカケになっているのかもしれない。
扉絵に描かれた老婆の、自らの過去をその皺の奥に封じ込めるかの様な表情。 突然の死の直前には、別人のように楽し気に過去を語る…
こちらも兄・つげ義春風の作品。
旧赤線地区と戦後のべニア板のマーケット。そして零細な町工場… 忠男氏の生まれ育った葛飾区立石を舞台とした連作の第一弾。
ここでも、忠男作品の特徴と言える “雨” が物語の背景として常に貼りついている…
「雨期(一)」では、初めて自らの経験を基にしたと思われる血液銀行に勤務するという設定の青年が登場するが、彼の表情の描写もその言動も、その後の作品とは異質なものに描かれており、兄・つげ義春の作風に通じるシュールなストーリーが展開されている。
「雨季(二)」との間に発表された短編。
平坦な日常の中で、“河童” というささやかな狂気に縋らざるを得ない戦中派中年男が描かれる。
連作「雨季」 二作目。
無頼の街に似つかわしい事件が、酒場で語られる… という展開ながら、「雨期(一)」に比べてシュールな表現が抑えられ、この作品あたりから忠男氏独自の作風が安定し始める。
連作中最も長編の三作目。 その後の忠男作品の作風が確立された作品ではないかと思われる。
1978年に刊行された北冬書房での最初の単行本『雨期 つげ忠男名作選集』では、連作の前2作をあえてオミットし、この3作目だけを独立した作品「雨期」として収録したと言うのも納得できる。
忠男氏自らの体験から生まれたと思われるキャラクター血液銀行に勤める青年と、彼を取り巻く戦後の高度経済成長とは無縁の人々が描かれる。 与太者・尾瀬の自己破滅的な衝動へも同調し、冷やかに距離を置きながらもデモに参加する青年。 変え様のない現状への、すてばちな閉塞感を “雨” が際立たせる…
1970年作品
1970-① 「二人三脚」
ガロ 1970年1月号 【再録単行本】A. O. K7.
1970-② 「或る風景」
ガロ 1970年2月号 【再録単行本】A. F. O. K7.
1970-③ 「カマの底」
現代コミック 1970年2月21日号 【再録単行本】F. P. K7.
1970-④ 「ある苦笑」
現代コミック 1970年4月9日号 【再録単行本】F.
1970-⑤ 「どぶ街(一)」
ガロ 1970年4月号 【再録単行本】C. J. V. K1.
1970-⑥ 「どぶ街(一)」
ガロ 1970年5月号 【再録単行本】C. J. V. K1.
1970-⑦ 「どぶ街(二)」
ガロ 1970年6月号 【再録単行本】C. J. V. K1.
1970-⑧ 「どぶ街 完」
ガロ 1970年7月号 【再録単行本】C. J. V. K1.
1970-⑨ 「いざ歌謡曲」
ガロ 1970年9月号 【再録単行本】O. g. K8.
1970-⑩ 「野の夏」
ガロ 1970年10月号 【再録単行本】B.
1970-⑪ 「夜よゆるやかに」
ガロ 1970年11月号 【再録単行本】D. H. K8.
(【再録単行本】の詳細は、別項『つげ忠男 単行本一覧』を参照)
この年も『ガロ』を中心に作品を発表し続けるが、併せて、双葉社の劇画月刊誌『現代コミック』にも2作品を発表している。
この作品でも、零細町工場の工員達が描かれているが、この時期には珍しく、コミカルな作品に仕上がっている。
幼少期に戦争を体験し、空襲により被災した男が描かれる。 今では妻と二人で経営する店も、それなりに… 平穏で “曖昧” に生きのびた現在でもしぶとく蘇る右足の火傷の疼きは、自らの存在証明である様にさえ思える。 殺風景で荒涼とした河原の風景の中に、彼は自らの居場所を見出しているのか…
『現代コミック』掲載の2作には、共に戦中派の初老の男が描かれる。
零細町工場の組織内に於いても、うまく立ち回って出世する、戦争中は “一度も自分の靴を自ら磨いたことがない”という庶務課長に対して、“常に靴を磨かされる” 立場だったという男。 自分達の世代が曖昧に葬られた後に残った享楽的な戦後の世相に対して鬱屈した感情をぶつけるかの様に、庭に設えたカマの底を毎朝竹刀で打ち続ける…
戦争で死ぬ事をたまたま免れ、戦後をただ寡黙に働き続けた男… 平穏な家庭を築きながらも、フとしたきっかけでささやかな自己破壊衝動に駆られる。 若者に “いい年して” と揶揄される事で、それさえも虚しくなり立ち尽くす…
葛飾区立石町を舞台とした連作第2弾。
元・町工場の工員小野。その幼馴染の与太者沢田とその情婦。自らの存在証明の為に喧嘩に明け暮れる… 戦中派のみならず、戦後生まれの明日のない世代にも同様の、どうしようもない自己破壊衝動が描かれる。
零細町工場の途中入社工員本間。 安い給料で幼い子供妻を養うギリギリの生活。 自暴自棄な小野の行動と並行して、本間の破滅的な衝動が描かれる。
見開きページを使って描かれたささくれた街の風景… ここでも “雨” がやり場のない閉塞感を際立たせる。
戦没者の手記を出版することになった青林堂を思わせる零細出版社。 特攻隊の生き残りと思われる編集長は、戦後派の若い社員の前で「別にどうってことはなかったのさ……」と、傷痍軍人に身をやつして見せる… 兄・つげ義春の作品「ねじ式」や、原稿が遅れがちな “寒鮒釣りのダンナ” として忠男氏自身も作中に描かれている。
初めて、忠男氏の趣味である “ヘラ鮒釣り” での出来事を描いた短編。 その後の “釣り” をネタとした漫画作品やエッセイに繋がる作品。
やはり戦中派の初老の父親を描いている。 息子からは尊敬されるが、戦時下の南方での後ろめたい記憶がトラウマとなり、彼の自己破壊衝動は女性に向けられる…
1971年作品
1971-① 「音」
美術手帳 1971年2月号別冊付録「劇画」 【再録単行本】N. Y. K8.
1971-② 「与太」
ガロ 1971年2月号 【再録単行本】G. N. K1.
1971-③ 「うらにしの里」
ガロ 1971年3月号 【再録単行本】d.
1971-④ 「旅の終りに」
ヤングコミック 1971年4月25日号 【再録単行本】B. M. K2.
1971-⑤ 「武蔵」
COM 1971年5-6月合併号 《単行本未収録》
1971-⑥ 「無頼の街 その1 残菊編」
ガロ 1971年6月号 【再録単行本】E. M. K2.
1971-⑦ 「無頼の街 寒菊編(一)」
ガロ 1971年8月号 【再録単行本】E. M. K2.
1971-⑧ 「無頼の街 寒菊編②」
ガロ 1971年9月号 【再録単行本】E. M. K2.
1971-⑨ 「釣師達1話 そして山田六郎さんは…」
ガロ 1971年10月号 《単行本未収録》
1971-⑩ 「釣師達2話 ある鯉の話し」
ガロ 1971年11月号 【再録単行本】O. g. K8.
1971-⑪ 「桃色遊戯」
ガロ 1971年12月号 【再録単行本】K. N. Y. K8.
(【再録単行本】の詳細は、別項『つげ忠男 単行本一覧』を参照)
“劇画” を特集した『美術手帳』1971年2月号の別冊小冊子「劇画」に、辰巳ヨシヒロ、加治一生、淀川さんぽ、篝じゅん、と共に掲載された短編。 掲載誌が『美術手帳』と言う事もあってか、特にシュールでアヴァンギャルドな作品となっており、兄・つげ義春風でもある。
1969-⑥ 「雨期(一)」の発展形の様にも感じられる…
金もなく明日もないチンピラ安田。「俺たちはバカだからよ…… 仕様がねえ人間なんだよ……」 自分自身を誤魔化すかの様に夜の街を彷徨い、その振る舞いは閉塞感の裏返しの如く、軽妙でパワフルでさえあるが… 後の1971-⑥ 「無頼の街 その1 残菊編」に登場する尾瀬と同様の “哀しさ” も垣間見せる…
当時忠男氏は、某大手出版社の女性誌からの依頼で、丹後半島の限界集落 “世屋地区” のルポに向かう。奇をてらった内容を期待する編集側の意向には沿わず、結局原稿は没になるが、その旅の成り行きを描いた紀行漫画がこの作品。 兄・つげ義春の “旅物” 作品にも通じる作風。
1971年、『ガロ』系作家の掲載が目立った青年誌『ヤングコミック』に発表された唯一の作品。
後に、サブ(或いはギンさん)とブンとして描かれるキャラクターが初めて登場する。ブンの故郷の街に流れ着いた二人。 サブはブンに「この街に落ち着け」と勧めるが…
ブルースシンガー・シバ(三橋乙揶)氏の「埃風」は、この作品にインスパイアされた物だという……
編集方針が迷走し始めた頃の『COM』への唯一の掲載作。水木しげる、辰巳ヨシヒロ、西郷虹星、と共に “4大まんが家競作集(庶民)” と言う企画の一作として掲載されていた。ちなみに『COM』は、この年の12月号をもって実質的に終わる事になる(その後『COMコミックス』『COMコミック(隔月)』と、全くそれまでの『COM』とは似ても似つかない路線で悪あがきを続けるが…)。
30代半ばを過ぎ、全国剣豪ベスト10(??)の上位にランクされ、ブロマイド(??)の売れ行きも急上昇するも、自らの容姿にコンプレックスを持つ宮本武蔵… ユーモラスで不思議な作品に仕上がっている。
1969-⑨ 「雨期(完)」の設定を引き継いだ葛飾区立石を舞台とした連作第3弾。
売血への世間の批判を受け、胎盤を原材料とする化粧品製造という新事業を始めた血液銀行。 胎盤を刻む作業に携わる主人公の青年と尾瀬。 尾瀬は「雨期(完)」で大阪へ旅立ったが、ここでは再び生まれ育ったこの街へ “風のように” 舞い戻ってきたという設定で、不自然な関西弁を使う。 彼の自己否定の裏返しの様な意識的な虚勢に、青年は違和感と共に悲しみと優しさの入り混じった複雑な感情を持つ……
生き急ぐかの様に、与太者との捨て鉢な喧嘩で尾瀬は命を落とす…… 寒菊編では、尾瀬に替わって係長・伊崎が中心に描かれる。戦時下の満州で地獄を体験した事を匂わせる戦中派の伊崎。 会社倒産の危機の中で、冷めた “恐ろしさ” を見せる……
この時期、“釣り” ネタシリーズが『ガロ』誌上でも断続的に発表されている。 「釣師達1話」と題されたこの作品は、忠男氏ご本人と思われる主人公が登場し、釣り初心者の牛乳屋の山田さんがユーモラスに描かれた小品。
「釣師達2話」では、醜く生き延びた巨大な鯉に、哀れさと共に自らを重ね合わせるかの様な初老の男が描かれる。
画風が変化し(林静一風?)、内部が桃色に染まった見張小屋や桃色の魚に転生する男が描かれ、シュールでアヴァンギャルドな作品となっている。
1972年作品
1972-① 「道化」
ガロ 1972年1月号 《単行本未収録》
1972-② 「荒唐無稽譚」
ガロ 1972年2月号 【再録単行本】J. Y. K8.
1972-③ 「冬の街」
ガロ 1972年3月号 【再録単行本】L. e.
1972-④ 「屑の市」
夜行1 1972年4月 【再録単行本】D. G. H. V. K2.
1972-⑤ 「さすらい狼 血しぶき仁義」
ガロ 1972年5月号 【再録単行本】M. g. K2.
1972-⑥ 「ヘビの雨宿り」
ガロ 1972年7月号 【再録単行本】O. g. K8.
1972-⑦ 「アスファルト舗装」
ガロ 1972年8月号 【再録単行本】G. Y. K9.
1972-⑧ 「100キロ重量」
ガロ 1972年9月号 【再録単行本】G. Y. K9.
1972-⑨ 「遠い夏の風景」
夜行2 1972年9月 【再録単行本】D. H. V. K9.
1972-⑩ 「平和荘住人第一話 青岸良吉の死」
ガロ 1972年12月号 【再録単行本】B. P. K3.
1972-連載開始作品 「スケッチ(釣行記)」
月間へら 1972年5月号~1974年12月号 【再録単行本】Z.
(【再録単行本】の詳細は、別項『つげ忠男 単行本一覧』を参照)
この年から『ガロ』と並行して、青林堂を退社した高野慎三氏が北冬書房から刊行した『夜行(やぎょう)』にも作品を発表する。
戦後20年間、成り行きに任せて “平凡で誠実に” 社会的地位も家庭も築いてきた男。 妻と息子が実家へ帰省している間、地位も家庭も崩壊させる様な行動に出てしまう… そして、息子のバンド衣装を身にまとった男は夜の街へ… ここでも戦時下でのトラウマが描かれる。
この作品も、同時期の忠男氏の諸作とは異なる傾向のシュールな作品。 前年より『ガロ』に連載されていた赤瀬川源平氏の「櫻画報」の影響も感じられるが……
変わってしまった街に久しぶりに戻ってきた漫画家の男。 昔の与太者仲間笠原と再会する。 昔の仲間への借りにこだわり続ける男に笠原は「みんな昔のこと、それだけよ……」と…… 通り過ぎる風の様に、街も人も移ろっていく……
忠男氏の “戦後” への呪縛との決別の兆し(?)が見える作品の様にも感じられる。
『夜行』創刊号に掲載された作品。表題は「屑の市」と書いて “くずのまち” と読ませる。 (ちなみに、同号に掲載された兄・つげ義春の作品は「夢の散歩」)
自称・元海軍中尉、元教師、故郷に帰れば若旦那と呼ばれる男… 真夏の血液銀行に屯する “屑” 達。 彼らは皆それぞれにトラウマを抱えながらも、どこか… のびやかでパワフルに描かれている。 これまでの作品に目立った陰鬱な書き込みが、真夏の日差しの中で排除され、ラストの “雨(夕立)” さえ、清々しく描かれている。
この作品で、1971-④ 「旅の終りに」で登場したブンと共に、リュウ(竜二)の原型となるキャラクターが初めて登場する。
この作品でも、リュウ(竜二)の原型となるキャラクターが描かれる。 ここでは陰鬱な “雨” の背景は無く、朴訥に描かれた風来坊リュウの切なさを、余計な書き込みを排した真っ白な雪の背景が詩的に引き立てている。 (林静一的な画風にも感じられる)
“釣り” 物の範疇に入る作品かと思われるが、兄・つげ義春の作風を感じさせる。 ヘビを鉢巻きにする地元の老人は、1972-連載開始作品 「スケッチ(釣行記)」にも描かれることになる。
この作品と続く1972-⑧ 「100キロ重量」は、2か月続けて『ガロ』に掲載された異色作(?)… 兄・つげ義春の作品を意識したかの様なシュールな設定ながら、どこか…夢の中での他人事の様な醒めた目線で描かれている。 画風にも、これまでの作品とは異なった軽さが感じられる。
忠男氏が一時従事していた仕事をネタとした作品。 シュールではあるが妙に軽妙で、ガス屋の旦那と奥さんの醜悪な描写も意外に陰湿さを感じさせず、前作 1972-⑦ 「アスファルト舗装」同様、クールで乾いた感覚を感じさせる作品。
画風は前2作を引き継いだものになっているが、『ガロ』での2作とは異なり、戦中派の初老の夫とその妻のモノローグで綴られた煌めくような名作!! その “夢の中に居る様な” 風景(忠男氏自身が釣りに訪れていた利根川の河原かと思われる)は、1970-② 「或る風景」の終景とリンクするが、この作品の夏の日差しの中での明るく乾いたその風景には、これまでの諸作での着地点の無い閉塞感が無く、戦中派世代のトラウマのささやかな開放さえも予感させる。
プロ棋士、チンドン屋の楽士と師匠、看板描きと踊り子の夫婦、自称文筆業… と言うはみ出し者達が巣くうアパート “平和荘” に入居した主人公の青年。 そこに住む、心因性の心臓発作と抗いながら、3発の銃弾が込められた銃を従軍中から隠し持つ初老の男・青岸良吉。(戦中派男性のアイコンとして 1969-② 「青岸良吉の敗走」の主人公と同じ名前が使用されているが、キャラクターの設定は異なる物になっている) 戦時下での遺恨だけを糧として生き延びていた彼は、かつての上官・猪瀬中尉にその銃口を向けるが、中佐もまた同じ地獄を見続けていたことを知る。阿修羅のごとく生き延びる事に潔く見切りをつけ、彼はその銃弾を自らの幕引きに使う……
残された “平和荘” の住人達(戦後に生きる者達)は、彼の死を悼みながらも、淡々と、そして生き生きとその生活を続けていく……
忠男氏自身の、戦争と戦後の “昭和” の時代に向き合う姿勢に、一つの区切りをつけるかの様な作品。
ここで初めて、釣り雑誌と言う新しいフィールドに作品を発表する。
自身の趣味である釣りを軸としながら、後年の 1988-連載開始作品 「風来坊のひとり言」として連載再開後の作品に比べ、漫画一本では生活が成り立たないと言う、当時の忠男氏が置かれた不安定な状況を少なからず感じさせるイラストとエッセイとなっている。
1974年7月号までイラストとエッセイと言う形態で続けられたこの作品は、その後12月号までは各月3ページの漫画(イラスト)がメインとなり、12月号をもって連載打ち切りとなる。
『ガロ』や『夜行』に発表した漫画諸作品とは異なり、現実の生活をペースとした新たなフィールドへの(この時点では)僅かな軸足の移動が、後に(90年代後半)、忠男氏唯一の長編である名作(迷作)老齢漫画「舟に棲む」を産み落とす事となる。
1973年作品
1973-① 「潮騒」
夜行3 1973年4月 【再録単行本】D. H. V. K9.
1973-② 「平和荘住人第二話 リュウの帰る日」
ガロ 1973年5月号 【再録単行本】B. M. g. K3.
1973-③ 「平和荘住人第三話 熱風」
ガロ 1973年11月号 【再録単行本】N. K9.
1973-④ 「平和荘住人第三話 熱風」
ガロ 1973年12月号 【再録単行本】N. K9.
(【再録単行本】の詳細は、別項『つげ忠男 単行本一覧』を参照)
戦後世代の若い家族を描いた今作は、これまでの忠男氏作品に有った “暗さ” を感じさせない。 どこかで静かに生き延びる恐竜達の気ままな生活を夢想する夫のささやかな現実逃避や、家族で散歩に出かけた河原で拾った古新聞に溢れる当時の暗い記事の数々に、現在のささやかな幸福への不安ものぞかせるが、全編を通して明るく平穏な日常が描かれており、こちらも忠男氏の転換期的な作品。
平和荘住人達の溜り場の居酒屋で、看板描きの “オッサン” が語るという設定で、リュウのキャラクターのディティールが更に上書きされる。 野良犬と同じ名前を娼婦達から貰った少年リュウ。 自分の役割が終わったかの様に街を出たリュウの切なさ…
「たかが、やくざもんでしょ…」と言う、サブを語った 1969-①「懐かしのメロディ」 と同様の展開で締めくくられている。
後日、『ガロ』編集長・長井勝一氏は “最も好きな作品” だと語っている。
平和荘の住人の一人、文筆業を自称する山部により、彼の友人で同業者だった三流文士の猟奇的犯罪が語られる。山部の、友人の犯罪と残した写真に対する作家としてのロマンテックな想像に、主人公の青年は冷ややかに滑稽な部分を見出してしまう……
“犯罪者” を冷めた視線で描くという作風は、後の1984-① 「ささくれた風景」や1987-①②③④ 「けもの記」にも繋がる。
1974年作品
1974-① 「無頼漢サブ」
夜行5 1974年4月 【再録単行本】F. N. K3.
1974-② 「バルトークの生涯」
おんがくのほん (ほるぷ出版) 1974年7月 【再録単行本】b.
1974-③ 「風来」
ガロ 1974年8月号 【再録単行本】B. G. M. K3.
(【再録単行本】の詳細は、別項『つげ忠男 単行本一覧』を参照)
前半では老いぼれた “特攻帰りのサブ” の現在が描かれ、後半では焼け跡に帰還した若き日のサブが描かれる。 サブのキャラクターが改めて確立された作品。(焼け跡でケンカを見守るのは少年時代のリュウか?) 単行本では作品の最初に置かれている扉絵は、初出誌では作品の前半と後半の間に変則的に配置されている。
次作への継続が示唆されているが、「無頼漢サブ」としての二作目は発表されず、翌年の1975-① 「無頼平野」へと受け継がれていく……
1974年に、ほるぷ出版より発売された「林光作品集 おんがくぐーん!音楽の学校・音楽の劇場」と題されたLPレコード11枚と書籍3冊から成る豪華ボックスセット。 LPレコードの内容は、単なる子供向けの音楽ではなく、大人の鑑賞にも耐えうる非常に丁寧に作りこまれたもの。更に、書籍の1冊「おんがくのほん」はオールカラーの絵本という体裁をとったものだが、著作では、「演劇センター68」の佐藤信、落合恵子、田川律、和田誠、筒井康隆、平岡正明、イラストでは、湯村輝彦、矢吹申彦、佐々木マキ、赤瀬川原平… といった当時のサブ・カルチャーを代表するような諸氏が名を連ねる、到底子供向けとは思えない内容!!
ハンガリーの作曲家バルトーク・ベーラの生涯を高橋英郎氏が綴った作品に、忠男氏がイラストを提供している。
今作では、初老のサブが、別のキャラクター・ギン(銀二)さんとして登場する。 ギンさん(サブ)、リュウ、ブンという、忠男氏の生み出した代表的なキャラクター3人が初めてこの作品で揃うことになる。
ストライキが続く真夏の血液銀行で、3人は炎天下で荒れるスペンダー(採血者)達と会社側の調停役として、わずかながらの金を手に入れるが……
1975年作品
1975-① 「無頼平野」
ガロ 1975年10月号 【再録単行本】M. K3.
1975-② 「釣り好き」(再録)
ガロ 1975年12月号 【再録単行本】Z.
1975-③ 「無頼平野・予告」
ガロ 1975年12月号 【再録単行本】M.
(【再録単行本】の詳細は、別項『つげ忠男 単行本一覧』を参照)
押し黙らずにはいられなかった戦中派の閉塞感を振り切るかの様に、また作者自身が当時置かれていた状況の反動の様に、遂にこの作品で、忠男氏が生み出してきた無頼漢キャラ達は、生き生きと、アナーキーな程のパワフルさで立ち回り始める!! (舞台となる架空の無頼の街は、戦後間もなくの葛飾区立石を思わせる)
腕相撲屋の無敵の二人組リュウとブン、若き日のサブ、そしてこの作品でも前作1974-③ 「風来」の設定を引き継ぎ、初老のサブはギン(銀二)さんとして、若き日のサブとは別個のキャラとして登場する。 一作目は、物語の幕開け・プロローグとも言える作品。
1975-① 「無頼平野」の続編の制作に苦戦していたのか… 原稿落ちの穴埋めの様に、釣り雑誌『月刊へら』連載作品 1972-連載開始作品 「スケッチ(釣行記)」の抜粋を再録したもの。 1974年8月号に掲載された3ページの漫画「エーッ、釣りとはこんな…」(原題)と、1973年5月号、11月号、12月号、74年7月号に掲載されたイラストとエッセイ、74年1月号掲載のイラストのみが再録されている。
更に同号には、2ページの「無頼平野・予告」が掲載されている。
1976年作品
1976-① 「無頼平野②」
ガロ 1976年1月号 【再録単行本】M. K3.
1976-② 「狼の伝説」
夜行6 1976年6月 【再録単行本】B. N. Q. K4.
1976-③ 「狼の伝説 (二)」
ガロ 1976年9月号 【再録単行本】B. N. K4.
1976-連載作品 「出会ってみたい人 1-12」
思想の科学 1月号~12月号 【再録単行本】b.
(【再録単行本】の詳細は、別項『つげ忠男 単行本一覧』を参照)
二か月のブランクの後に発表された第二話。 駐留米兵とリュウの清々しいほどにキチガイじみた喧嘩や、暴れ馬にまたがる片目の男サメさんの登場等、この後の壮大な物語の展開を匂わせる。 そこには以前の様な陰鬱さは無く、のびやかな娯楽作品としての展開が期待された。 後年(1995年)の映像作品『無頼平野』を大衆娯楽大作に仕上げた、キング・オブ・カルト 石井輝男監督も、この時期の忠男氏の作品が持つ “のびやかさ” を感じ取っていたのではないかと思われる。
しかしこの後77年には、忠男氏は千葉県流山市でジーンズショップ「ジョーカー」を開店する事になる。 稼業と漫画という二足のワラジは、残念ながらこの長編作品の継続を困難にする事となる……
約半年後に『夜行』に発表された今作では、「無頼平野」での設定を仕切り直し、年老いた無頼漢サブはギンさんのキャラと統合されている。 やはり忠男氏自身にとっても、“サブ” のキャラは、この初老の無頼漢のほうがシックリきたのではなかろうか…
ここでは、少年時代に若き日のサブと出会い、“こんな風にしかならなかった” 現在のリュウと年老いたサブとの再会が描かれる。
サブの故郷の街へ流れ着くサブとリュウ。 小奇麗に変わってしまった街への苛立ちか諦めか… 狂気じみた破壊行動に出る。 夏の日差しの中での蛮行は、なぜかバカバカしくも清々しさを残す……
『思想の科学』に76年1月号から12月号まで、各月1ページずつ掲載された短いコメントが添えられたイラスト作品。 1月号にはリュウ、2月号にはサブがそれぞれ登場している。
1978年作品
1978-① 「与太郎犬」
夜行7 1978年6月 【再録単行本】F. M. K4.
(【再録単行本】の詳細は、別項『つげ忠男 単行本一覧』を参照)
ジーンズショップ「ジョーカー」の開店に伴い、漫画家としてのブランクは約1年半に及ぶ事になる……
そして、この年発表されたのは『夜行』7に掲載された、この不思議な作品1作のみ。
“カゲ” という女を探して港町へと流れ着いたリュウ。 そこで出会った言葉を話す与太郎犬は、リュウの母親や “カゲ” を殺して喰い、犬になってしまったリュウの父親だという。 与太者になった息子を叱る与太郎犬… 与太者同士の不毛で滑稽な罵り合いは波の音にかき消されていく……
この時期の一連の無頼物作品について、忠男氏は1994年の単行本『無頼平野』(ワイズ出版)のあとがきで、“なんとなく宙ぶらりんで不安定な生活情況からの唯一の逃げ場であり、放蕩無頼・気ままに遊べるフィールドだつた” と述べられている。
しかし… ジーンズショップの開店以降の稼業という “実生活” の前では、皮肉にもそのフィールド自体が “なんとなく宙ぶらりん” な物へと成らざるを得ず…… のびやかに、パワフルに暴れ続けたアウトロー達のアナーキーなパワーも失速して行く。 忠男氏も気に入っていると述べられているこの作品は、それを象徴するかの様に無頼物作品の幕引きとなった作品の様にも感じられる。
1969年から1972年初頭までの、戦争と戦後を引きずる暗く閉塞感の漂う作品群。 始まりもなければ終わりもない “事象漫画” とも言えるそれらの諸作品は、着地点を持た無いまま読み手の前に置き去りにされる…… 登場人物達は一様に押し殺した様に寡黙で、言葉にならない心情を表す様に、彼らの言葉尻には「……」が多用されている。
そして、1972-④ 「屑の市」以降、戦争と戦後の呪縛は徐々に払拭され、1978-① 「与太郎犬」に至るまで散発的に発表された無頼物諸作品。 兄・つげ義春氏は、これらの諸作品を “ヤクザ物” と表現しているが、60年代後期のいわゆる “任侠物ヤクザ映画” とは全く異質の作品群である。 やるせなさや弱さを併せ持ちながら、アナーキーなパワーを、のびやかにパワフルに発揮するアウトロー(はみだし者)達を描いたと言う点で、時代背景を超えた作品群ではないだろうか……
1979年以降、これまでの無頼物は途絶え、迷走する80年代の諸作や、90年代の長編作「舟に棲む」を経て、散発的にではあるが現在も発表される諸作品… つげ忠男作品と言えば、ここまでで紹介した作品群のイメージが一般的に受け止められているものではないかと思われるが、これ以降の、家族を持ち稼業を続けながらの実生活者としてのリアルに根差した諸作品も実に魅力的である!!
と言うことで……
『つげ忠男 作品一覧 ② 1979年 ~』(現在制作中…) へ継続……
とりあえず… 前半は、これにて、ワンラ(完了)!!
阿部慎一さんのページからこちらの記事を見つけ、つげ忠男さんの作品にも興味を持つようになりました。
後半②の完成も楽しみにしております。
有難うございます!
今年からようやく見つけた再就職先での仕事が、急に多忙となり、
なかなか集中して記事を仕上げることが出来ず…
後半もほぼ資料は整ったのですが、仕上げられるのは年明けになってしまうかもしれません…
今後ともよろしくお願いいたします。